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田川簡易裁判所 昭和36年(ろ)119号 判決 1961年11月30日

被告人 岩瀬国松

大一五・一・一五生 製缶工

主文

被告人を科料八〇〇円に処する。

右科料を納めることができないときは金二〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、国選弁護人に支給した日当及び報酬のうち金二、〇〇〇円は被告人の負担とする。

業務上過失傷害罪について被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動三輪車の運転者であるが、昭和三五年一〇月一日午前一一時一〇分頃自動三輪車を運転して、田川市東区伊田大橋方面から同市西区後藤寺方面に向け進行中、同市東区西大通り三〇三四番地先の十字路交さ点において、右自動三輪車の左側部に阿部馨の運転する第一種原動機付自転車が接触し、よつてその自転車に同乗していた阿部和昭が、加療一週間位を要する頭部、顔面挫創の傷害を負い、もつて自動車の交通に因り人の傷害事故があつたにかかわらず、所轄警察署の警察官に対し、法令に定むる報告をしなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(適用した法令)

道路交通取締法第二四条第一項、第二八条第一号、同法施行令第六七条第二項、道路交通法附則第一四条、刑法第一八条、訴訟費用については判示事実の審理に要したと認められる主文掲記の費用のみにつき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して被告人に負担せしめる。

業務上過失傷害及びいわゆる徐行義務違反について。

(公訴事実)

検察官は昭和三六年二月二八日「公訴事実」を「被告人は自動三輪車の運転者なるところ、昭和三五年一〇月一日午前一一時一〇分頃、田川市東区伊田大橋方面から同市西区後藤寺方面に向け自動三輪車を運転して、同市東区西大通り三〇三四番地先の見とおしのきかない十字路交さ点に差しかかつたのであるが、このような交さ点では事故の未然防止のため万一の場合に備えて徐行し、且ついつでも停車できるようにして運転すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、徐行を怠たり漫然時速三〇キロ位の速度で運転したため、交さ点で左側の伊田駅方面に通ずる道路から阿部馨(当三七年)が阿部和昭(当二年)を同乗させて運転して来る第一種原動機付自転車を、約二・七メートルの左斜前方に認めて狼狽し、急停車措置を講じたが及ばず該原動機付自転車を自動三輪車の左側部に衝突させて阿部馨らを転倒させ、因つて阿部和昭に対し加療一週間位を要する頭部顔面挫創を負わせたものである」とし「罪名及び罰条」を「業務上過失傷害。刑法第二一一条」として起訴し、同年八月二日右公訴事実について、「罪名及び罰条」を「道路交通取締法施行令違反。同令第二九条、第七二条第二号道路交通法附則第一四条」と追加した。

(徐行義務違反について)

当裁判所は右罪名、罰条の追加されたいわゆる徐行義務違反罪の公訴事実は、先起訴の業務上過失傷害罪の過失の内容であると認めるので、先ず本件事故現場の交さ点において、被告人に徐行義務違反があつたか否やについて考察する。

道路交通取締法施行令(以下旧令という)第二九条に「車馬……は、見とおしのきかない交さ点……を通行するときは、徐行しなければならない。」と規定している。その法意は車馬が交さ点で右折又は左折することにより互いにその進路が交錯し、殊に見とおしのきかない交さ点においては衝突その他の事故を起しやすいので、そうした混乱を防止するためであると考えられる、したがつて道路又は交さ点を通行する車馬は、道路交通取締法(以下法という)第三条、第一四条、第一七条、第一八条、第一八条の二(道路交通法第一七条及び第三章第六節も同旨)などの通行方法についての規定に従い通行(徐行)しなければならないのである。しかし「徐行」とは如何なる速度以下であるかについては何らの定めがないので、この点社会通念により決するほかはない。当裁判所としては、交さ点における道路の広狭、路面の状況、交通の多少、運転している自動車の性能その他危険発生のおそれなど諸般の事情を考慮して、機に臨み速かに停止ができる程度の速力以内で走行するをいうと解する。昭和三五年一二月二〇日施行の道路交通法(以下新法という)においてはその第二条第二〇号に「徐行」とは「車輛等が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。」と定義しているが、この規定も具体的に「時速何キロ以内」と定めてなく、結局は抽象的な文言に過ぎないので新法のもとにおいても前示のように解するを相当と考える。或は前記新法の「直ちに停止することができる速度」というは「厳格に危険発生のおそれありと認識した地点において即時停止できるような速度」を解すべきであるとする考え方があるかも知れない、しかし道路の状態にもよるが、通常制動設備の良好な自動車でもつて湿気のない道路を走行する場合、「その地点で即時停止」するには、時速五キロでも不可能であることは経験則上明らかである。従つて、新法において「徐行」の定義を規定する際に、具体的に「時速何キロ以内」とせず、前示のように殊更に抽象的文言をもつて定義したのは、具体的に規定すれば、却つて道路交通法の目的である「交通の円滑」を阻害するような事態が発生するをおそれたためであると考えられる、であるから新法における「徐行」を右のように厳格に解すべきでない。

被告人は本件事故現場の交さ点にかかる際時速三〇キロ位で走行していたと自白しているが、速度についての証人阿部馨、同舛田隆の各証言は明確でなく、他にこれを補強する証拠はないので右以外の証拠により判断するほかはない。そこで検証の結果、実況見分調書の記載並びに証人舛田隆、同関野関雄の証言を綜合すると、被告人が本件事故の際に急制動措置をとつてから停車した位置は、その距離五、六メートル位の交さ点(この道路はいずれも幅員一一・五メートルである)のほぼ中央であることが認められる。よつて仮りに事故の相手方である阿部馨が冒頭記載の通行方法についての規定に従い、左側通行をして交さ点に入つていたならば被告人の当時の走行速度でも、両車の接触は避け得たであろうと推認されるのである。然るに阿部馨は後記のとおり、被告人から殊更に見とおしの利がない右側通行をして本件事故が発生したものである。そうすると前記「交通の円滑」ということを前提として考察すれば被告人の本件事故直前の走行速度は、処罰の対象となるいわゆる徐行義務に違反した速度とは認められない。しかし本徐行義務違反罪は、前示のとおり、後記業務上過失傷害罪における過失の内容であると認めるので、特に主文において無罪の言渡しをしない。

(業務上過失傷害罪について)

つぎに公訴事実にいう日時、場所において被告人の運転する自動三輪車と、阿部和昭を同乗させて阿部馨が運転していた第一種原動機付自転車(以下バイクという)と接触し、阿部和昭が公訴事実記載のような負傷をした事実は、

一、阿部和昭に対する診断書

一、実況見分調書

一、検証調書

一、証人舛田隆、同阿部馨、同関野関雄に対する各尋問調書

一、被告人の当公廷における供述

を綜合して認定される。しかし右事故の発生が、公訴事実にいうような被告人の過失に基因するものであるか否やについては検討を要する。

およそ被告人に刑法上過失の責任があるとするには、被告人が相当の注意をしたならば結果発生を予見し得たにかかわらず、その注意をしなかつた場合でなければならない。本件について見るに実況見分調書、検証の結果並びに証人舛田隆の証言、被告人の当公廷における供述によると、被告人は前記日時に自動三輪車を運転して、伊田大橋方面(北東)から後藤寺方面(南西)に向け田川市東区西大通りを通行して本件事故現場の交さ点にかかり、南東の伊田駅に至る道路を完全に見とおせる地点に達したと殆んど同時に、該道路の右側を、進路を被告人の車に向けて進行して来る阿部馨の運転するバイクを南方二・七メートル位の地点に発見したので、急停車措置を講じたが、バイクはそのまま進行してきて被告人の車に衝突し、よつてバイクに同乗していた阿部和昭が前示のような負傷をした事実が認められ、又前記証拠と右衝突地点とを合せ考えると、右バイクは、本件交さ点から伊田駅に通ずる道路を、被告人の側からは特に見とおしの悪い右側を通行して交さ点にかかり、右折するに右小廻りをしようとしたか又はそのまま交さ点を右側通行しようとして、本件事故を発生したものと推認される。本来車馬が道路を通行するには特別の事由のないかぎり前示規定のとおり左側通行をし、交さ点において右折する場合は左大廻りをしなければならないのであつて、通常人としては、車馬はこの規定どおりの通行をすると考えて、道路を歩行し、自動車を運転するのが正常であり、前記バイクのような無謀な通行をすることは予測し難いことであるので、弁護人のいうように「本件の場合、仮りに被告人の車がその場で停止し得たとしても、衝突は免れなかつたであろう」ことが推測される。従つて本件において被告人が相当の注意をしたならば、結果の発生を予見することができたとは考えられない。公訴事実は「見とおしのきかない交さ点では万一の場合に備えて徐行し、且ついつでも停車できるようにして運転すべき業務上の注意義務がある」というのであるが、このことは相手方が正常な通行をする場合を前提としての注意義務である。もとより自動車運転者は自動車を運転するに当り、常に前方などに注視して事故の発生を未然に防止する方法を講じなければならないことは当然であり、又万一の場合に備えて事故の未然防止に意を注いでいることは望ましいことである。しかし常に何時、何処から進路に飛び出すかもわからぬ人車に備えて、いつでも停車し得る程度に徐行すべき一般的な注意義務があるとすれば、高速度交通機関である自動車の機能は著しく阻害され、法の目的である「交通の円滑」は期することができないばかりでなく、却つて交通は混乱まひするものと考えられる。従つて本件のような場合にまでも公訴事実にいうような注意義務があるとは解せられない。なお本件を結果から見ると、被告人の車と阿部のバイクが出会つた時、なおそのかんげき(間隙)は二メートル余りあつたのであるから、阿部が交さ点にかかる前の心構えをしていたならば、直ちに進路を右に変えることができたであろう、そうすれば本件の事故を免れたであろうと推測されるのであるが、当時のバイクが相当高速度であつたか、又は阿部があわてた為めに、バイクを被告人の車に衝突させ、本件事故が発生したものと推認されるのである。

以上のとおり本件結果発生が被告人の過失に基因すると認めることはできず、又この点に関する阿部馨の証言はあいまいであり他に被告人の過失を認定し得る証拠はないので、刑事訴訟法第三三六条に則り、被告人に対し業務上過失傷害罪について無罪の言渡しをする。

旧令第六七条第一項、第二項違反について。

(公訴事実)

又同年八月二日検察官は公訴事実を「被告人は自動三輪車の運転者なるところ、昭和三五年一〇月一日午前一一時一〇分頃自動三輪車を運転して田川市東区伊田大橋方面から同市西区後藤寺方面に向け進行中田川市東区西大通り三〇三四番地先の十字路交さ点において、阿部馨が阿部和昭を同乗させて運転する第一種原動機付自転車に自動三輪車の左側部を接触させ、その際右阿部和昭が加療一週間位を要する頭部顔面挫創の傷害を負い、もつて自動車の交通により人の傷害事故が発生したのにかかわらず、法令の定むるところにより被害者の救護、所轄警察署の警察官に対する事故の届出等必要な措置を講じなかつたものである。」とし、「罪名罰条」を「道路交通取締法違反、同法第二四条第一項、第二八条第一号、同法施行令第六七条第一項、第二項、道路交通法附則第一四条」として起訴した。

(旧令第六七条第一項について)

そこで被告人が旧令第六七条第一項に違反したか否やについて考えて見る。旧令第六七条は旧法第二四条第一項の委任により制定されたもので、車馬等の交通に因り人の殺傷又は物の損壊があつた場合、つまりいわゆる「交通事故」が発生した際に、その車馬等の操縦者らが、とらなければならない措置についての定めであり、主たる目的は被害者の応急保護の規定である。そしてその第一項は「交通事故」が発生した時は、その事故に関係ある車馬等の操縦者らは、直ちに被害者の救護その他の措置(以下救護措置という)を義務づけられているものであつて、この義務はその操縦者に故意又は過失があつたか否やを問わないものと解せられる。従つて車馬と車馬が道路において接触し「交通事故」が発生した場合、双方の車馬の操縦者らは共に「救護措置」を講じなければならない、しかし一方の操縦者又は第三者によりその措置が講ぜられ終つた場合にまでも、他方の操縦者又は双方の操縦者に対して「救護措置」義務を負荷せしめる法意であるとは考えられない。

本件について見るに、証人舛田隆、同関野関雄の各証言並びに被告人の当公廷における供述を綜合すると、被告人は前示交さ点において阿部馨の運転するバイクを認めて急停車措置を講じたが右バイクと接触し、被告人の車は交さ点のほぼ中央に停止した、そこで被告人は他の交通の妨害となることを考慮して一旦交さ点外に車を移動して下車し、現場に引返したところ、既に第三者である関野関雄が被害者を抱きかかえて、現場の近くの(被告人の進路の反対側)三愛医院に連れて行つた後であつたとの事実が認められる。そうすると被告人としては、本条項にいう「救護措置」の対象を失つたもので、法はこのような場合にまでも被告人の「救護措置」を期待しているとは考えられない。ただこの場合被告人としては、一応被害者側に、自己の住所、氏名、自動車の所有者の住所、氏名などを告げておくべきであつたとは考えられるがそのことをしていない(これは後記旧規定には違反する)からと言つて本条項に違反するとは認められない。

以上のとおり前記公訴事実中、被告人がいわゆる「救護措置」を講じなかつたとの点は罪にならないが判示「報告義務」違反の公訴事実と包括一罪の関係にあると認められるので、特に主文において無罪の言渡しをしない。

(旧令第六七条第二項の合憲性について)

判示有罪として処罰した旧令第六七条第二項の報告義務を課した規定は、憲法第三八条第一項違反であるとの判決例があるので、この点について蛇足であるが当裁判所の見解を述べる。

憲法第三八条第一項はその適用を刑事手続に限つていない、従つて行政上の義務違反が処罰の対象になつている場合に、たとえその手続が犯罪の捜査を目的とするものでなくとも、供述(申告報告なども含む)を求められた者はそのことが自己に刑事責任を帰するような不利益な事項にわたるときは、右憲法の条規によりその供述を強要されないことが保障されているものと解せられる。そうすると旧令第六七条第二項の「事故の内容の報告義務」が処罰の対象となる事項までも報告を要求しているものとすれば、前記旧令の条項は憲法第三八条第一項に違反するものであると断ぜざるを得ない。そこで右「事故の内容」中に処罰の対象となる事項の報告を含むか否やについて考えて見る。

本項に相当する旧規定は、昭和二二年内務省令第四〇号道路交通取締令(以下旧省令という)第五三条第二項の「前項の車馬又は軌道車の操縦者は、同項の措置を終え、本人、雇用主、車馬又は軌道車の使用主の住所、氏名(省略)及び自動車又は軌道車の運転者にあつては車輛番号を当該警察官又は警察吏員に申告し、当該警察官又は警察吏員が現場にいないときは、これを被害者又はその同伴者に通告しなければ車馬又は軌道車の操縦を継読することができない。」である。この旧省令の規定は根本的には道路における危険防止その他の交通安全を意図していることであろうが、直接には単に被害者の利益のための規定であると解せられる。然るにその改正規定である旧令の条項は、操縦者らに「事故の内容」および操縦者らの講じた「救護などの措置」を報告させることとしている。この目的は頻発する自動車による交通事故、特に悪質な「ひき逃げ」の防止であり、そのために交通事故を起した操縦者らに対して、その者の講じた、被害者の救護又は道路における危険防止その他交通の安全を図るために必要な措置をとらせ、その結果を報告せしめ、これが履行されているか否やを、警察官をして確認せしめるためである。そうすると右「事故の内容」とは「事故発生の日時及び場所、死傷者の数及び負傷程度、損壊した物及びその程度、並びに車の接触の状態」などの事故の結果を報告せしめれば足り、事故の原因、殊に操縦者らの過失に関する事実は報告の要がないものと解せられる、このことは右条項の改正規定である新法第七二条第一項からも窺えるのである。

或はいわん「警察官が事故の内容という文言を根拠として、操縦者の刑事責任に及ぶ事実を追求するならば、追求される側において、これを黙秘することは不可能となるであろう」と、実際問題としてこのようなことがないとはいえないが、憲法が「自己に不利益な供述を強要されない」ことを保障していることは現在における国民の常識であり、このことあるにかかわらず本人が供述することは、おのずから別個の問題である。なお警察官としても前記のような本条項制定の目的、趣旨を体して、不必要な原因事実を追及すべきでない。ただ操縦者が任意に原因事実について供述した場合においてのみ、前記の措置確認と別な立場から司法警察官としての任務を遂行すべきであつて、いやしくも事故の原因を供述しないことを理由として、不必要に操縦者らに対し、事故の原因を追及し、又はその場を去ることの指示を与えない場合は、その警察官は職権濫用の責を負わねばならないであろう。従つてそのような法の目的を逸脱して運用する者があることをもつて本条項が操縦者らに不利益な報告(供述)を強要している規定であるとは考えられず、前記憲法の条規に違反するものとは解せられない。

弁護人の無罪の主張について

なお弁護人は判示事実について「当時被告人が運搬していた積荷は、被告人の勤め先の森岡鉄工所でその入手を急いでいたので、被告人としては積荷を運搬して後、警察署へ届出る考えで、一旦右鉄工所に帰つたところ、警察署から電話で呼出しがあつたもので、その間三〇分位のものであるので、このような事情から考え合せると罪とならない。」旨主張するのであるが、被告人の当公廷における供述によると、被告人は前記事故現場から森岡鉄工所に帰る途中、所轄田川警察署前を通過しているのであり、この際警察官に事故の報告をし且つ事情を話して右鉄工所に帰つたとしても、その間五分か一〇分位で足るものと考えられ、仮りに積荷運搬が急いでいたとしても、これ位の僅かな時間が待てないものとも認められず、又右警察署から電話呼出しがあるまで届出が遅延したことの正当な事由及びその証拠もなく、結局被告人の行為は、旧令第六七条第二項の「直ちに事故の内容を所轄警察署の警察官に報告」しなかつたものであると認められるので、この主張は採用できない。

(裁判官 吉松卯博)

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